大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

京都地方裁判所 昭和41年(ワ)80号 判決

原告

石倉重信

代理人

小林定雄

被告

小林茂

主文

被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の物件(本件物件)についてなされた所有権移転登記(京都地方法務局伏見区出張所昭和三八年五月二二日受付第八七八六号原因同年同月一八日売買)の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、請求原因として、次のとおり述べた。

一、本件物件について、原告から被告へ主文記載の所有権移転登記(本件登記)がなされている。

二、被告は、本件物件の所有権を取得したことなく、本件登記は、無効である。

三、よつて、原告は被告に対し、本件登記の抹消登記手続を求める。

被告は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、答弁および抗弁として次のとおり述べた。

一、原告主張一の事実は認める。

二、被告は、原告から、本件物件を買受け、その所有権を取得したのではなく、昭和三八年五月中旬頃、訴外志村保から、本件物件を代金六〇万円で買受け、本件物件の所有権を取得し、本件登記をした。

理由

一、本件物件について、原告から被告へ本件登記(登記原因売買の所有権移転登記)がなされていることは、当事者間に争がない。

二、甲が、乙に対し、甲から乙への所有権移転登記の抹消登記手続請求訴訟を提起した場合、乙は、所有権取得の原因事実について主張立証責任を負担すると解するのが相当である。

三、甲から乙(現有名義人)への所有権移転登記が、乙が所有権であることについての法律上の権利推定の効力、又は、甲から乙への所有権移転事実についての法律上の事実推定の効力を有すると解すれば、設例の場合、甲は、右推定される権利状態又は事実の存在しないことを主張・立証すべき責任を負担することになる。しかし、右の法律上の権利推定又は法律上の事実推定の効力を肯定すべき理由はない。所有権移転登記は、登記簿記載の登記原因事実について事実上の推定の効力を有するにすぎない、と解するのが相当である。この事実上の推定の効力の結果、甲から乙(現所有名義人)へ原因売買の所有権移転登記がなされている場合、甲が所有権者であつたことが争なく、乙が、登記簿記載の原因に因り甲から所有権を取得したと主張するとき、甲乙間の登記原因事実について反証のないかぎり、乙が所有権者であることを認定しうることとなる。なお、最高裁判所昭和三八年一〇月一五日第三小法廷判決民集一七巻一一号一四九七頁は、一般の場合には、登記簿上の不動産所有名義人は反証のない限りその不動産を所有するものと推定すべきである(昭和三三年(オ)第二一四号同三四年一月八日第一小法廷判決、民集一三巻一頁)けれども、登記簿上の不動産の直接の前所有名義人が現所有名義人に対し当該所有権の移転を争う場合においては右の推定をなすべき限りではなく、現所有名義人が前所有名義人から所有権を取得したことを立証すべき責任を有するものと解するのが相当である。」と判示する。しかし、直接の前所有名義人が現所有名義人に対し当該所有権の移転を争う場合においても、登記簿記載の登記原因事実についての事実上の推定の効力を肯定するのが相当である。けだし、事実上の推定は、事物の蓋然性にもとづく事実判断の法則であり、いかなる当事者間において事実を認定すべき場合かによつて、異別に解すべき理由がないからである。

四、したがつて、甲が、乙に対し、甲から乙への所有権移転登記の抹消登記手続請求訴訟を提起した場合、乙が、「乙は、甲から本件物件の所有権を取得したのではなく、第三者丙から、本件物件を買受け、その所有権を取得した。」と主張するとき、乙は、丙の所有権取得原因事実について主張・立証責任を負担する、と解するのが相当である。

五、本件についてこれをみるに、被告は、「被告は、原告から本件物件の所有権を取得したのではなく、訴外志村保から、本件物件を買受け、その所有権を取得した。」と主張するだけで、志村保の所有権取得原因事実について主張・立証をしない。

したがつて、被告が本件物件の所有権を取得した事実を認めえない。

六、よつて、原告の本訴請求を正当として認容し、民事訴訟法第八九条を適用し主文のとおり判決する。(小西勝)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例